ある夜の、眠りに入る前のひととき。 ひとの体もこの宇宙の反映といえるのよ、という彼女の声が、電話を切ったあとも耳のなかで心地よく響いている。 目を閉じて、しばらく呼応する感覚をたのしんでいたのだが、突然、ある疑問が頭に浮かんだ。 人間の目は、顔のほぼ中央にふたつ並んでついている。視野角も180度以内である。つまり、背後が見えない。それでは、目を閉じたとき瞼に映る世界はどうかというと、やはり目を開けているときと変わらないような気がする。それで、試しに目を閉じたまま、背後に拡がる世界をイメージしてみた。自分を取り囲む世界全体を、自分が回転することなく、同時に眺められないものかと。すると、なんだか得体の知れない渦が自分の周りをまわりはじめ、意識がぼーとしてきた。意識の流れに脈絡がなくなり、ばらばらに散らばり、このまま自分が消えていくのではないかいう不安が巡った。まずい、これは止めたほうがいい。そう思って、あわてて360度パノラマイメージを消した。目を閉じているときには後ろ側も見えそうなものだが、なぜか前面しか見えない。疑問はつぎの朝まで残った。 で、翌朝。目が覚めると同時に、昨夜の疑問もたちあがってくる。 うーん、うーん、と小一時間ほど唸っていたが、起きてお茶を入れることにした。 お茶を啜りながら、パソコンでテレビを見る。四角い画面が視野にぴったりとおさまっている。ふむ、目を閉じたときの視野角が、目を開けているときと変わらないように思えるのは、われわれの視覚の認識構造が、目を開けて物を見ている状態に固定されているからではないか。だから、夢を見ていても視界の条件は変わらない。 ぼーとした状態でいると、不意に海鼠が目の前に浮かんできた。 暗くて深い海底の岩場の陰で蠢(うごめ)いている。彼の目はどんなだ?あの無数の突起物がそうなのか。分からん。海鼠の体のなかに入ってみるしかないか。 |