1998. 5. 8 MESSAGE FROM OGIKUBO  



 皆野に棲む親友が秩父市内の病院に緊急入院してから、すでに3週間が経った。秩父まで出かけられないぼくのために、手術の翌日からほとんど毎日連絡を入れてくれている。
 腹部に管を挿入したままの状態で、点滴用のスタンドを手で支え、あるいはノート型パソコン「コメット」を抱えながら、同フロアーの食堂までそろりそろりと歩いていく姿が目に浮かんでくる。
 最初は憩室炎と聞いたのだが、虫垂炎による腹膜炎ということが分かった。手術後なかなか痛みがとれず夜も眠れないんだ、とハアハア息をしながら嘆いていた。
 しばらく経って、二日ほど電話が入らないので心配していたら、痛みは手術語に貯留した腹膜内の汚染血液が原因であり、大量の出血があったので再度開腹したということだった。

 ほんとうに、先のことは予測できないものだ。
 幸運だったのは、たまたま都内に住んでいる母親が、彼に桃の花見を誘われて秩父に来ていたことだ。その晩急に苦しみだしたのだから。
 悪運がつよいね、と言うと、いやーそうかなあ、と苦笑している。
 彼は10年ほど前に一度、三途の河を渡りかけている。その河は大理石に水を張ったようにうつくしいものだったそうだ。

 この頃は電話の声にも力が感じられる。
 退屈になってきたというのは、それだけ快復しているという証拠だろう。退院すると「仕事地獄」が待っているのだよ、と訴えるけれど、それは退院してから悩みなさい、友よ。






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