1997.3.20


 新・荻窪便り No.17



 ぼくは「戀」という字が好きである。
 ひとの触れ合いが、もっとも美しく文字化されたひとつに違いない。
 想いが蜘蛛のように糸を紡ぎ、ことばの滴をつらぬいていく。
 薄明に一瞬、無数の珠が煌めくのだ。

 そして、「心」という礎が、今、とても大きなものに見える。
 まるで、高度数百キロから眼にする、地球の存在のようだ。

 しかし、ぼくは次の字も忘れない。
 「怒」と「恐」である。
 奴隷も、鑿(のみ)を手にする者も、おなじ心で生きている。

 「ことば」は「剣の先」という意味もある。
 糸が切れることは、死を意味する。

 最近、ある人が嘆いていたのを思い出す。
 「なぜ、うつくしい漢字をなくすの」?

 この問いには、深いものがある。



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