とおるのイチ押しコンテンツ  〜Part2〜



このページに寄せる想い。

★大好評だった「とおるのイチ押しコンテンツ」。当時弘前にあった中華そばの「たかはし」なんかは、「石川とおるの
IT改革見て来ました」という方とお店で遭ったり、確実に鹿角をはじめとした”地方”からのお客さんが足を運んでいた
模様。Part2もコンセプトは同じで、アクマデモ石川とおるが気に入っていたり、気になっていたり、そんなでもない
のに?足繁く通っているコンテンツをピックアップしてみました。場所は誠に簡略に紹介させていただいておりますので、
メールをくだされば詳細なるアクセスをお伝えいたします。酒、もつ焼き、ヤキトリ、ラーメン、カレー、豆腐、ソバ、温泉、
マッサージ・・・。せっかくこの世に生きてるんだから、あっちこっちに入ってみようサ!。


ようこそ皆さん、いらっしゃいました!



呑んだり食ったり編
温泉編
その他編


呑んだり食ったり編


味助(あじすけ)=尾上町

当HPイチ押しコンテンツのトップは”やはり津軽”のラーメン「たかはし」だったが、Part2もやはり津軽でおさまった。ここ尾上町にある「味助」のジャンボ焼きそばは、ボリュームもさることながら、数日後に無性に食べたくなる中毒性あり。我が家の長女・さくらは、日曜午前、ジャパンスイミングクラブが運営する平賀町の室内プールでハッスル・ハッスルしたあと、味助に直行。写真でご覧のモチモチ焼きそばをモクモクと食べている。基本的にはソース焼きそばだが、麺がナントも言えない雰囲気を醸し出している。我が家的には「わたくしと長女と次女でジャンボ一皿」が適量・・・。が、一人で来ておかわりする人や、ジャンボ焼きそば+ミソラーメンというツワモノもいるら しい・・・。この他、魚だし系の中華ソバも捨てがたく、メニューには「味噌ラーメン」と「味噌中華」があるのもイケている。そして、店内に張られている絵画に注目。なんと、お孫さんの作品。ちょっと、筆舌では尽くしがたい名作の数々である。さあ「味助」に走れ!
記念撮影にも応じてくださいました
写真の立ち上る湯気から香りが…
地図はこちら

菅野食堂=鹿角市十和田毛馬内

知る人ぞ知る、の店である。店内も駐車場も常に満杯。数年前、現在の店舗と道路を挟んで反対側にあった旧店舗から移転した。ここのラーメンで育った方々は多いこ とだろうし、転勤組や帰省組も必ずや、暖簾(のれん)をくぐっている模様だ。胡椒系とか柑橘系なんて表現される方が多いが、昔懐かしいラーメンの味に仕上がっている。注文から運ばれてくるのが早いのもウリではないだろうか。
 ここ鹿角地方は田園地帯にて、畑や田んぼから帰宅して昼食、というスタイルが普通であったが、ナント菅野食堂のオヤジさんは、田んぼの畦(あぜ)までラーメンを出前してくれ、農作業に従事する方々が持参のおにぎりを手に、ラジオを聞きながら水田でラーメンをすする姿があちらこちらで見られるのも、新たな田園風景として定着しつつあるみたいだ。食べ終わったラーメンのドンブリが畦道に置かれている情景もまた、ナントも言いがたいもんである。さあ、菅野食堂へレッツゴーである。
これを見て、食べたい、と思わない方は異常?

来々軒=鹿角市尾去沢

15年以上も前に、京都競馬場に一人出向いた時に、競馬場前のオケラ街道の居酒屋で出会った東京墨田区の親友が2年連続して鹿角を訪れてくれた。そして一言「あそこの中華ソバの店、なんでしたっけ。来々軒でしたっけ?」・・・。いやあ、秋田でいろいろ食べたけど、来々軒の中華ソバの味は忘れられない、という。確か、一緒に 頼んだ白米(ライス)にドンブリのスープをかけて喰ってたっけ。あそこまで食べてくれれば、恐らく店主も中華ソバ屋冥利に尽きるとだろう。訪れた三人とも「東京にはこの味はないっすヨ」ってセリフを残したっけ。 さて、新聞記者時代から訪れているこの店だが、一度、店主に「何のダシを使って いるのですか?」って、からかったことがあった。そして、間、髪を入れず「内緒ですヨ」とのこと。が、店舗裏にあるトイレをお借りしたある時、通路に山積みになっていた新潟県某市で生産されている”焼き干しエキス”の箱を目の当たりにしてしまった。これが内緒の例のヤツか・・・、と思うも束の間、本当に正直な店だと思った。果てさて常連サンの一言。「なんで割り箸入れにあんなに無理くり箸を突っ込んでおくんだろう。中華を食べたくとも、割り箸が抜けず、イライラすることがある」だって。あれは、そういう客に対する挑戦かもしれないサ・・・。もうひとつ。
結構マメに麺を茹でるお湯をチェンジしているので、タイミングが悪ければかなり待つこともある。が、新鮮なお湯で茹でた麺が乗ったスープは筆舌に尽くしがたい味だ。さあ、来々軒に針路を取れ!!!。
ウワサの割り箸入れ
これを見て、明日行こう、と思わない方は異常?

たかはし中華そば店=青森県弘前市撫牛子(ないじょうし)

店の名前は、正確には「たかはし中華そば店」である。とおるのイチ押しコンテンツのトップを華やかに飾った同店。先に店舗を撫牛子へと移転した。場所が全くわからなくなった、というメールをたくさんいただき、口頭ではお伝えしやすいものの、文章で書くとなれば…。下手な表現ですがご理解を。「国道7号を弘前から青森方面へ向かう。さくら野百貨店を左手に見ながら、やがて陸橋を一つ超える。そして二つ目の陸橋を上らず、陸橋下の信号を右折。先の突き当りを右折。しばらく行くと真っ赤な幟(のぼり)が見えてくるはずである」。どうしても、の方は「撫牛子1丁目はどこですか?」作戦に出て欲しい(笑)。兎に角、人人、である。が、駐車場がドカンと整備されたのは嬉しい限りである。
見てしまった…、たかはしの中華そば…
地図はこちら
7号線サークルK交差点を右折してゆくのがpointです

マル海(まるかい)ラーメン=青森市観光物産館アスパム前

言わば伝説化したラーメン屋さん。集客力はハンパではない。60人は入れる店内が数十回転はしている模様。メニューは「中500円、大550円」のみ。モツモツとした、ラーメンおよび中華そばらしくない麺に魚だし系のスープが”北国ラーメン”の味を醸し出している。店舗周辺は「違反キップ切られてもイイ」との覚悟からか、路上駐車のオンパレード。県庁所在地の青森市を訪れることは結構多く、昼飯やなど星の数ほどあるはずなのに「折角青森まできたからやっぱりマル海に行くか」と相成る。青森県に足を踏み入れたら一度は行ってみるべき店である。


おく富士=南津軽郡尾上町

弘南鉄道・尾上駅そばにある落ち着いたたたずまいの蕎麦屋さん。閑静な住宅街の表通りにあり、手打ち蕎麦を食べに幾度か訪れていたが、カレー南蛮を頼んでこの店に対する愛情が急変した。当HP10月11日付けの、とおるの連載コラムNo.631「カレ−南蛮」からの抜粋である。まずは。
『カレー南蛮は蕎麦喰いには “邪道”と思っていた。粗雑に茹でた蕎麦にカレーとツユをかけたものしか食ったことなかったし…。先日、小雨そぼ降る中、午前いっぱい野外で活動後、車を飛ばし、とある蕎麦屋の暖簾をくぐった。頼んだカレー南蛮、まずは、とろみだ。会計の時「もしや葛ですか?」の問いに、ほう、って顔で「一人前ずつ作ってますんで次回からは辛みもお好みで」と女将さん。「もうカレー南蛮の季節ね」とテーブル客に語りかけてた。津軽弘南鉄道・尾上駅そばの「おく富士」。
閑静な住宅街に面する手打ち蕎麦の店。絶品も猫舌の方はご遠慮? 』。

手打ちそば店「鬼は内」=岩手県久慈市夏井町

初めて訪れたのは5年ほど前。当時所属していた鹿角市議会の会派「新世紀クラブ」の一行12人で”挑戦”。何が挑戦かと言うと、ここの「赤鬼定食」って凄い、の一言。おにぎりと野菜天の乗ったソバかウドンがセットになっているのだが、まずはこのおにぎりが問題。なんと、次女いつかの顔が隠れるくらいの大きさなのである。店員に聞いたところ、大きなどんぶり一つ分はあるそうで、米の量600cだというから、想像を絶するおにぎりだ。おにぎり大好きの石川とおるだが、これまでの人生でこんなおにぎりは見たことない(笑)。ちなみに12人の議員のウチ、おにぎりとソバをすべて平らげたのは二人いたかどうかの記憶しかない。が、このお店では、お持ち返り用にちゃんとアルミホイルの準備がなされおり、お夜食にでも十分に楽しめる。そしてソバだが、麺、ツユともこちらは正統派の味。関西系のダシがなんとも言えない。「赤鬼定食」はチョッと、という方のためにおにぎりと麺類を一回り小さくした「青鬼定食」なるものがあるのも嬉しい限り。
 電話0194−52−0841
写真で見ると、次女・いつかの顔より大きい

喫茶 十和田 =鹿角市

鹿角でカレーを食べるなら、ここである。こうしてコンテンツを書いているうちに腹がキューってなるほどのカレーだ。サラサラタイプで、スプーンを口に運び頬張る瞬間の「シュルシュル」って感じは、ああ、もう書いているより食べに行こう、だ。店で「カレー」ってオーダーすると、まず、水差しのような容器に冷たい水をマスターが運んできてくださる。あとは店内に香ばしいスパイシー・イオンが漂えば、その瞬間までもうすぐ。ここも多くを語るよりは、まずは駆けてみて欲しい気持でいっぱい。
とおるのイチ押しコンテンツPart2推奨のカレーである。
シュルシュルのカレーと”水差し”

比内地鶏直売所「村の駅 トプカイ」=大館市十二所字中野

来るわ来るわ、次から次と客が来るわ…。鹿角市と大館市の国道104号沿いの区界にあるこの店には、ランチタイムともなれば県外ナンバーの車を含め、「比内地鶏」の声を聞きつけたファンが続々と押しかける。その目的の多くが”親子丼”なのではないだろうか。「鶏の風味を心から堪能していただくためタマネギさえ使いません。世界一の親子丼だと仰っていただくお客様もたくさんいらっしゃいます」と謳(うた)っている。比内地鶏の肉を炭火で串焼きにし、串から抜いたそれを比内地鶏の卵で半熟トロトロ状態に仕上げている模様。運ばれてきた丼の蓋を開け、口に運んだ瞬間、これまでの親子丼の常識は覆される、と言っても正に過言ではあるまい。過日、津軽の某食堂の経営者に店舗へのアクセスを訪ねられた。まさに県境をも越えたスーパー親子丼である。

万里=高円寺、中華料理

大学に合格してから6年間住んでいたのが中央線の高円寺。そして、365日のうち100日ぐらいはここの「野菜炒め定食」を食べていた。これもやみつき系で、酢をたっぷりかけて食べる。毎晩浴びるほど酒を呑むという食生活だったので、ここのブランチは今、健康でいられる源かもしれない。当時450円。過日、7、8年ぶりにフラっと覗いてみたら、オヤジさんが「随分久しぶりだねエ」っていってくれた。イチイチあちこちにあいさつして引っ越したり都落ちしてるわけでもないもんね。味は全く変わっていませんで、うれしい限りでありました。JR高円寺北口ローターリーすぐ。

金龍菜館=渋谷区宇田川町

日本一の「ウマニソバ」を喰いたかったらここである。いつでも思い出すことが出来る味だ。昭和63年当時だったか、オヤジさんが汗をダラダラと流しながら素材を炒め、しょうゆ味の具沢山ラーメンが次々とテーブルやカウンターに運ばれていたが、先般訪れた時は、娘さんとおぼしき方が表情豊かに麺を専門に茹でていた。さて、常連客が注文の時、「ウマニ、頭で」と口々に付け加える。皆、「アタマでアタマで」と言う。幾度か訪れるうちに”アタマ”とは具の大盛りのことを意味すると解った。カウンター5人座れるだろうか、テーブルも二つ。是非、昼時をずらし、ビールとギョーザも食べてみて欲しい。マジによだれと胃酸が出てきた。

笹本=新宿西口おもいで横丁、モツ料理

死んだオヤジと16歳の時に初めて訪れた。豚の内臓を煮込んだり、炭火焼にしたりしている店。終戦後、日本で最も早くヤキトリの煙を上げた地域として知られている。書きたいことはヤマほどあるが、この店のルールから。酔った人はまず入れない。コップ酒、焼酎のストレート一人3杯までというしきたりもある。港区芝の屠殺場でしめたばかりの内臓の刺身は田舎の焼肉店のレバー刺しなどの比ではない。コブクロ(子宮)刺し、ホーデン(睾丸)刺しなどは絶品中の絶品である。今はもう亡き90を超えた店のオヤジさんが毎日店にでていた。3杯呑んで帰らなければならなかったがドシャ降りで身動きがとれなかった。人差し指を口の前に立て「シー」ってほかの客に内緒で4杯目を呑ませてもらったことは今でも忘れられない。
正式名称・思い出横丁、正式俗称・小便横丁(ションヨコ)
クイズ。煮込みの釜は戦後?個目

とり畔=弘前市鍛治町そば

まずは素直に名前を読めなかった。「あぜ」でもないしなあ、なんて考えているウチに、秋田県との人事交流で青森県から鹿角地方振興局の建設部長に赴任されている 大先輩に「とりはん、だよ」って教えていただいた。流行る店のパターンというか、客を裏切らないタイプの店で、サラリーマン、学生、カップルと客は絶えず、これまで数度訪れたが、運良くすべてカウンターに落ち着かせていただいた。数種の鳥串から豚串まで多種多彩で、堂々と「レバー、一本」でも応えてくれる。ちなみに長女さくらが4歳のとき、お絵かきセットを持ってカウンターに二人でお邪魔したことがある。勇気がいったが、口数少ないマスターはつくねや皮を、さくらに焼いてくれた。ちなみに弘前市は桜で有名な弘前城の花見で全国に人気を誇っており、ウチのさくらも意外に弘前あたりでおさまるかもしれない(なんのコッチャ)?。

鳥政=岩手県久慈市

ちなみに鹿角市花輪の某焼き鳥屋で「皮」を注文すれば、15分はかかる。が、ここ鳥政は1分である。塩のふりかけ方も凄いゾ。マスターの後頭部あたりからシャシャ シャと・・・。果たして塩焼きになるかどうか、いささかならず心配だが、出てくる串は筆舌に尽くしがたいくらいの味である。さてここ鳥政。生まれ故郷、久慈のヤキトリ屋である。初めて暖簾(のれん)をくぐったのが18歳の夏。帰省中の
鹿角から、高円寺のアパートで隣同士だった青森の友人が”跳ねる”ねぶた祭りを経由し、カワサキ400リミテッドのマフラーをバリバリと響かせ訪れた夏だった。久慈で夏を吸収し、太平洋を南下し江戸に戻った時のことだった。話は戻り、鳥政の肉は、タマゴを生まなくなった廃鶏の肉を使用しているという。油で黒ずんだ品書きはいぶし銀そのもの。先般は、久慈市の山内市長とばったり出くわし、ビールをご馳走になった。ちなみにここのビール、なんと「サッポロのラガー」である。これは当HPのプロフィールにも掲載している、まさにビールの原点なる”ビール”である。そして、マスターのビールの詮の抜き方。これは、見れば見るほど、芸術的とも言えるかも知れない。もしかしたら、久慈市出身で柔道の神様と言われる、空気投げの三船十段は、このマスターの栓の抜き方から技を編み出したかもしれない(年代が全然違うゾ)。いずれ、レバ刺し、キンカン、鳥刺しなどは逸品中の逸品。鍋焼きウドンほどの容器に入ったトリ鍋を食った若い客が、残ったスープに入れるインスタントラーメンを近くのストアに買いに走ったあたり、痺れる店であることは間違いなし。皆さんも、廃鶏になる前に一度、訪れてみてくだされ。

ちち家=小坂町

ちち家(ちちや)と読みまする。名前の由来を訪れるたびに伺うものも、未だに理解していない(トホホホ・・・)。新聞記者時代、初めて訪れ、イイ雰囲気だなあっ て思った。まずは、ホルモン料理だが、目の前のガスコンロでグツグツとやるわけだが、なんと、カツ丼を作る、あの垂直に取っ手がついている鍋にモツと豆腐とキャベツが入って運ばれてくるのである。酒はおのずと進み、しこたま飲んだ後、会計を聞いてそのリーズナブルさに二度ビックリする。ガード下にあるこの店は、その昔、栄華を極めた同和鉱山の鉱夫らで賑わったという。新橋のガード下の一杯飲み屋や新宿の小便横丁を想像してみたらイイかと思われる。初めて訪れた時、懇切丁寧に「店」と「町」と「鉱山」の歴史を教えてくださった店主が先に亡くなられたと伺った。でも、店は元気に営業を続けている。明治時代のレトロな雰囲気や大正時代のハイカラ時代、戦前戦後にイメージをダブらせて焼酎をグイとやりたくなったらここ、ちち家である。
“ソース+醤油+一味唐辛子”の味付けからなる裏メニュー。具は豚タ ンと豆腐とキャベツ…。これは凄い。
煮詰まると、ナ、ナント、ドミグラス ソースのような風味に…。

神谷バー=浅草1丁目1番地

この店の解説は、とおるの連載コラムから抜粋させていただきやんす。訪れて間もない新鮮なニュアンスで。2003年6月のお話。『神谷バー、って聞いたこと、行った ことありますか?
台東区浅草1丁目1番地にある、大正時代に建築された建物で、名前は「バー」とは言うものの、昔はどこの街にもあった“駅前食堂”のようなたたずまい…。店の入り口のドアを押すと、ガーンと構えているのがサンプルが並ぶウインドウケース…。懐かしくないですか?皆さんの街にもあったでしょ!オムライスやカレーライスを陳列したケースがあって、埃かぶってたり丼物の中身が曲がっていたりして…。今回の8日間のロードのオフに、12、3年来の友人が是非、って連れてってくれた。もう少し、お店を紹介すれば、まず、6、7割のお客は浅草名物「電気ブラン」をまずは飲みにやって来ている雰囲気だ。昔はアルコール度数も強く、ブランデー・ベースで飲めばビリビリきたから、こんなネーミングになったのであろうか?200人は入ろうか、というホールは全席“自由席”で、空いたところに腰を下ろし、自ら食券を購入するか、ボーイさんに現金を渡し、好きなツマミを頼む。バリエーション豊富な料理は、酒が飲めなくとも、食事だけでも十分楽しめる。なにせ、古きよき大正の時代の雰囲気に浸るのがオツなわけでして…。 客層もバラエティに 富む。
10人組の外人サンが、中央競馬の浅草場外の帰り道にヨレヨレになって立ち寄ったオジサンと言葉も通じないのに盛り上がっている。老若男女、国籍問わず、すなわち「これぞオールカマー」を地で行っている。私も電気ブランをグビグビやっ た。勿論、氷水(チェイサー)飲みながら。大正時代に生きていたわけじゃあないのに、郷愁タップリなのは何でだろう…。
いやあ、好きなとこに何度も通うのも、これまたイイことだろうが、日本にはまだまだ行ってみたいとこ、是非行くべき所がマダマダあるって感じた。 』

ANDRA=渋谷区神南

小生が22歳の頃、こちらのマスターのお子さんが誕生されたはずである。と、思って10年ぶりぐらいに店を訪れたら、中学生になっているという話を聞いて、やはり、と思った。場所は少しわかりづらいかもしれないが、NHKから丸井方面に下った左方向に位置し、東武ホテルに宿を取った時なんかナイトキャップには最高でありますヨン。実は、渋谷のスイミングクラプにお世話になっていた時分、チョクチョクと店を訪れ、マスターが「かみさんが妊婦で・・・」というもんだったから、マタニティーコース(妊婦水泳)に入会していただいたご縁。忘れられない思い出は、田舎から送ってもらった鹿角市特産の「十和田ワイン」を「ブドウ畑のお百姓さんが作ったワインです」ってプレゼントさせていただいたが、これが渋谷の夜でバカ受けし、マスターは近隣のカフェバーを忙しく回り、一口ずつ得意げに飲ませていたっけ。その夜は特製の料理をご馳走になったっけなあ。経験はないけども、この店は「口説き」にはもってこいかもしれませんという雰囲気。

手造りとうふの里=岩手県久慈市侍浜

青森県田子町の中山商店に勝るとも劣らぬ、田楽の店がある。八戸市から久慈市へ向かう国道46号線沿いにある「手造りとうふの里」だ。店の名前を確認するのも大変なくらい老朽化しているが、この手の店はそんなことはどうでもよく、味だ、味。一言で済ませるとしたら、ここの店の田楽は”ジューシー”である。「ジューシーな田楽ってどういう表現?」って一関のいとこに笑われたが、田楽を食べてジューシーさを感じられなければグルメとは言えない(へへっ)。ドラム缶を真っ二つに切った特性のコンロで年から年中、炭火で手造り豆腐をあぶっている。訪れて3年以上になるが、30度以上の炎天下の下、種市の海浜公園で遊び、狂気の沙汰と言われようがお構いなく、その帰り道に炭火の前に並ぶ田楽にかじりつく。朦朧(もうろう)としたまま冷えたビールをギューン。言葉はいらない。それにしても「なんでトールちゃんっていつも田楽喰っているの」って先のいとこに言われた。そういえばいつも喰っているような気がする。
ジューシーなんですよ、これが

ふうせつ花=安代町

豆腐を購入するため、近隣住民が足繁く通う店がここ「ふうせつ花」である。その昔、JR荒屋新町駅に程近い店舗で営業していた頃に、工場を訪ねたことがあり、社長サンが「実験的に造った豆腐ですが、ニガリの按配がイマイチで」といった感じで話し掛けてください、「よろしかったら差し上げますんで食べてみてください。何ら問題ありませんので」と豆腐をくださった。「やがて、絶対にこのオヤジはブレイクするぞ」と思ったら、安比高原リゾートへのアクセス道沿いに店を堂々とオープンさせたのである。安比高原でのゴルフの帰りには必ず立ち寄るが、シメシメと思っていることがある。それは、ほとんどの客が「湯葉」や「おからドーナツ」、「豆乳ソフト」を購入し、連れ立った客に自慢げな態度を取っているが、ここで石川とおるが登場!。「木綿」と一言叫ぶと、しばらくして、写真でご覧いただけるようにサイコロを数十倍に拡大したような木綿豆腐が氷水とセットで奥座敷から運ばれてくる。イイ格好していたミーハー連中は唖然とし、連れのイイ女も「あれなあに・・・?」「あんた知ってる振りしていたけどあの木綿知ってたの?」と相成るのである。総勢がキョトンとする最中、250円を支払い店を後にする石川とおるであった(何のメリットもない)。追伸・・・。豆乳は3色ある。が、店で飲むのに限る。竹で出来たコップで飲ませてくれるが、ここでも豆乳に醤油を求めるのは「珍しい」と言われた。「豆腐に醤油をかけるじゃん」っていったら、「そうですねえ」と切り返され、以後、竹のコップの脇には大豆100%の醤油が添えられるようになったのである。メデタシメデタシ。
裏メニューの木綿はこんな感じで登場

味ひょうたん=男鹿市

これは書かねば怒られる(笑)。 まずは商品について率直なところ。味と健康の両面からいって、「ベリー・グッド」の一言である。秋田県男鹿市のJAグループ、秋田みなみ農業協同組合加工所が製造元。原材料は本醸造しょうゆ、風味原料にかつおぶし、しいたけ、こんぶ。さらに砂糖、みりん、調味料、甘味料、アルコール、ビタミンB1などなっている。ラベルなどのタイトルは「料理・食卓の友〜どんどん出てくる味の泉〜」とあり、ご使用方法 (例)には、@そのまま・・・納豆、おひたし、湯どうふ、おさしみA4倍(つゆ1:水または湯3)・・・ざるそば及びつけそば、うどん、冷むぎ、そうめん、中華類 B5倍(1:4)かけそば、うどん、冷むぎ、そうめん、中華類C7倍(1:6)天つゆ、煮込みうどん、おでん、キリタンポなど各鍋物・・・。最後に◎この他にもいろいろおためし下さい、とある。AとBは「ざるそば及びつけそば」と「かけそば」の違いだけで、一緒でも構わない感じもするが、余計なお世話ということだ。さて、まずはこのご丁寧なご説明に敬服いたす。そして、この製品を販売元、製造元を含め、どこよりも誰よりも一生懸命に売り込んでいらっしゃるのが、尊敬してやまず、公私共々、人生の先輩としてお世話になっている秋田県鹿角地方振興局の小沢田勝之助局長である。実は醤油に関しては、数十年にわたって石川家ご用達は能勢醸造の醤油(鹿角市十和田毛馬内)であったが、定期的に配達にいらっしゃる社長が 「石川サンとこでは最近、醤油をあまり使ってないんですか」だって。これには大笑いした。それくらい、我が家における味ひょうたんのシェアがアップしたのである。また、ひんぱんにお邪魔させていただき”お勝手荒らし”で令夫人にご迷惑をかけているが、佐藤洋輔市長宅にお邪魔した瞬間、テーブルにならぶ醤油挿しを見た瞬間、味見をせずに一発で「味ひょうたん」であると的中したことで小生もかなりこのブラ ンドに染まってしまったようだ。いずれ、朝食のお浸しをはじめ、「ご使用方法」にある通り、まずはお試しあれの逸品であることには間違いない。問合せ先は鹿角地方振興局、と書きたいところだが、同加工所0185-25-2129。






温泉編

「信玄の隠し湯」といって、武田信玄が戦で傷ついた兵隊や自らを癒した「湯」が山梨県や神奈川県下にあります。何ヶ所
か訪れたことがありますが、なんか伝説に便乗しているところも最近では結構あるらしく、信玄がホームページを持ってい
たら「信玄のイチ押しコンテンツ」のコーナー?で紹介してくれただろうかなんて考えたりします。このコーナーは、自宅で1
週間休む位の効果を数時間で持つと私個人が考えている温泉のページです。激務を乗り越える陰には絶対に温泉がある
ーと強く認識しております!



古遠部(ふるとうべ)温泉=青森県南津軽郡碇ヶ関村

秘湯名湯数多くあれども、ここ古遠部温泉は「効く」、の一言だ。写真をご覧のとおり、悠久の時を刻みながら溢れ出した源泉で浴槽が造られてしまったほどの、効力 ある湯が全国津々浦々からの入浴客を虜にしているというわけだ。シャワーなんてものは当然ないし、カランもない。もし石鹸やシャンプーを使う場合は、ザブザブと溢れ出る源泉を好きなだけかぶる、ということになる。飲用は小生のような小心者が常に悩まされる、しかもA型特有の胃潰瘍や神経性胃炎にはもってこいである。が、誘惑が・・・。実は入浴前に限り、予約制でイワナの塩焼きや山菜ソバを注文でき、風 呂上りにビールを流し込み、ワンカップでイワナをつまみ、ソバを喰ったあとはガーガーと鼾(いびき)をかいて寝る、という、一体何をしにきているのか、わからない ほどの「鄙(ひな)びたムード」たっぷりの山間の源泉宿である。

毛馬内七滝温泉=鹿角市

地元で建設会社を営んでおられる斉駒(サイコマ)建設の社長さんが、従業員のためにボーリングした源泉を利用し開業した温泉がここ、七滝温泉である。何を隠そう、とおるのサラブレッドのページで、みちのく競馬・盛岡オーロパークで、わたくしと一緒に手綱を取っておられる、「サイコマ」の冠のつく、岩手競馬の馬主をされておる方が、オーナーである。デビュー前のサラブレッドを探しに、北海道にもご一緒させていただいた仲であります。
さて、間違いなく、この温泉に浸かっている幼児は、社長のお孫さんを除いては、石川さくら・いつかがナンバー・ワンであると思われます。365日のうち、自宅の風呂には30日も入るだろうか?。お湯は温めの茶褐色で、いつまでもポカポカ感が持続する泉質。湯上りの生ビールや地酒、プーンと漂うソバのツユの香りがこれまたなんとも言えない。おっと、そう言えば先日、ウチの娘たちが露天風呂からカモシカを見たそうであります。一度でいいから、朝湯、朝酒、朝寝を楽しんでみたいな、と贅沢な夢を見続けております。

長寿温泉=鷹巣町

以前の施設をリニューアルし、「北投石と天然温泉」をウリにした山間の温泉だ。県都秋田市から最も遠い本市、そして鹿角市民にとって、秋田市への出張などと相成 れば、夏場でおよそ2時間半、冬場で3時間の運転を余儀なくされるわけだが、そんな時、位置的にも好環境にあるのが長寿温泉である。あまり秋田市に近いところで入浴すれば、道中眠くなってしまう。また、あまり自宅に近いと、アルコールの我慢が出来ず「パス」となってしまうことから、ここの露天風呂と外の景色が見えるガラス張りのサウナに立ち寄ってしまうのだ。さて「北投石」は、癌なども消滅させるという話もある”ラジウム”をガンガンを発している石で、台湾と本市からほど近い玉川温泉などでしか存在しないことから、現在では国特別天然記念物に指定され、採掘は不可能となっている。が、毎年のように盗掘が後を絶たず、逮捕者の報道が新聞紙上を賑わしている。その昔、玉川で労働した方々に、報酬の替わりやゴクロウサン代として渡した、とされており、現在でも本市の八幡平地区の家庭には、床の間に家宝として飾る習慣が見られるという。ちなみに、闇の売買価格は、握り拳大で30万円とも言われている。長寿温泉では、源泉の出口に北投石が据え付けられており、サウナストーブのにものっかている。いたれり尽くセリの温泉だが、ここの最大の欠点は、地下水を使用しているため、年に数度、渇水で水が出なくなってしまうことがあり、お金も返してくれない、といったところか。


その他編


カイロプラクティック「楽々カイロ院」=(津軽地方)

 「痛くありません(実際は気持のイイ痛さもある。?。)」という張り紙を目にし、津軽尾上町の温泉施設フラワーランドで毎週火曜日に営業している、カイロプラクティックというものに挑戦したのが2004年春。以後、時間を見つけてはリフレッシュに努めている。職業柄かどうかは別として、大酒飲み系およびストレス系の内臓疾患などに悩まされること度々。ストレス故に、温泉サウナに入り、カイロプラクティックで揉み解され、「寝てしまったらお願いですから、そのままチョッとだけ寝せといて」の願いがかなえば、日々の激務の悩みはかなり癒される感じ。隣りにはいつも、津軽弁の先生とも思っている?” みどり”先生なる津軽美女がいらっしゃり、更にはみどり先生の娘さんで、これまた美人の津軽姉っコ”ちさと”先生が背中にまたがって揉み解してくれるから、まさに至福。そして実はナント、料金が40分で2000円、60分で3000円というのも実にリーズナブル。さらに一回の施術でポイントカードにハンコを一つ押してくれ、ポイントに応じサービスがあるからセッセと通わねば、と思ってしまうほどである。火曜日のほかにも、津軽温泉やポパイ温泉などで活躍中だという。
 追記だが、平成16年12月より、鹿角市十和田毛馬内の七滝温泉にて毎月第1・第3水曜、午前9時半から午後8時半まで、出張施術を開始!。北東北広域連携を目指している石川とおるの実績のひとつ?でありまするが、ナント、人気のあまり、「今日 は満杯です」のことも…。

 写真説明「七滝温泉でハッスルする”女医”さん。ちなみに背術されている方は、知る人ぞ知る方?」

タイヘイ牧場=青森県八戸市鮫町

競馬に関心のない方でも、一度はこの石碑を訪れて欲しい、と思うのがタイヘイ牧場 の大川慶次郎氏の記念碑である。競馬評論の草分けで1999年12月に70歳で亡 くなった大川慶次郎氏ゆかりの牧場に記念となる物を残したいという遺族の願いを受 け、同牧場が設置。同氏は財界の大御所だった渋沢栄一氏のひ孫で、昭和12年に大 平牧場(当時)を設立した大川義雄氏の次男。東京から度々、家族と共に訪れ、少年 時代の多くを同牧場で過ごしたことが、後の人生に大きな影響を与えたとされ、上北 町の東北牧場の場長も務めたことがある。昭和36年、1日の全レースで予想を的中 させ「競馬の神様」と呼ばれた。除幕式では、詩人・林柳波が同牧場で作詞したとい われる「おうま」を八戸南高校吹奏学部が演奏。慶次郎さんの妻和子さん、長女で競 馬解説者の長女野本智絵さんらが記念碑を除幕した。  現在同牧場を所有する六郎田靖社長が「競馬ファンや競走馬生産者の守護神として 後世に伝えたい」とあいさつした。碑は同牧場東側に位置し、御影石製で高さ約二 メートル。表面には「杉彩の人生 馬を愛し馬に生きた」と刻まれ、後ろに慶次郎氏 と同牧場とのかかわりなどが紹介されている。記念碑の中には遺品、著書、全国の ファンから寄せられた約一万通の追悼文が収納された。同牧場は「グランドライト」 「ヒデヒカリ」「ミツマサ」「カブトシロー」、第1回中山グランドジャンプの優勝 馬「ゴーカイ」などの名馬を育てた。