| ・本囃子 |
これは本屋台囃子の略称。曲は行進風で進撃調の強いもので、
昔、軍の士気を鼓舞するために作曲されたものではないかと思われます。
代表四曲(宇現響、羯鼓、二本滝、霧囃子)のなかでは、この曲だけ性質を
異にしている曲風だと言われています。
各方面から高い評価を得ており、花輪ばやしの代表曲でもあります。 |
| ・霧囃子 |
この霧とは、朝霧のことで、この曲は朝霧にけむる野山の風情を表したものです。
朝詰の帰途に多く演奏されることから『下りばやし』とも言われています。
元来、テンポが遅く緩やかに演奏されていたので間合いが難しく、笛や三味線、
太鼓が合わせにくかったと言われています。
そのため演奏する機会も少なかったのですが、現在のように1/2の歩行調子に
変化させ消滅の危機を免れたのです。 |
| ・二本滝 |
渓谷の奥では往々見られる、岩にせかされて段々になって落ちる幽雅の滝の
風情を現したものです。同じようなメロディーを二回ずつ繰り返すことが特長で
二つのメロディーに互いに巧妙な変化を持たせてあるところが聴きどころです。
二条の滝が一つになって滝壺へ落ちる様を結びとしたその構成のうまさは、目を
閉じると流れる滝の様子が思い浮かんでくるようです。 |
| ・羯 鼓 |
『羯鼓』というのは雅楽に用いられる楽器のことで、いわゆる鼓の一種のようなものです。
台にのせて二本のバチで両面から打つ特殊な楽器で、特に鹿角地方では全く存在して
いなかったのですが、花輪ばやしの中の名曲として現在まで伝えられてきました。
太鼓の打ち方によって、笛の妙味が一層引き立つように組み合わされてます。 |
| ・宇現響 |
仏教の無量寿響に説かれている浄土の有様にある空にはいろいろな楽器が飛遊し、
奏する人もいないのに妙音を発しているのだそうです。
この曲はその様子を表現したものと言われます。
花輪ばやしは仏教の影響が強く見られ、これらの曲は浄土教が盛んだった平安期の
貴族が作曲、雅楽的なものが土台となっているものと言われます。
本来なら『うげんきょう』と記すべきなのかもしれません。
本来の文字が分かっていないので『有驗京』とも書かれていることがありますが、
これは花輪ばやしの京都移入説から発生した文字だろうと見られます。 |
| ・祇 園 |
この名称は仏典に現れる『祇園精舎』からきた言葉だと言われています。
『祇園精舎』とは釈迦が晩年好んで居住された場所の名称です。
その名の通り、非常に格調高い調べになっており、二本滝や羯鼓の作者と同一人物
ではないかと見られます。
祇園は踊りが振り付けられておりますが、これは曲の発生した当初からではなく、
大正の末頃の振り付けと言われます。 |
| ・矢 車 |
その昔お金持ちが「お伊勢参り」の際、笛の楽人を同行し、中京地方の曲を移入させた
ものと言われていますが、曲の表現が違うことから地元で作曲したものではないかと
言われています。 |
| ・シャギリ |
地元で作曲された曲の一つです。
年代的には『追込』、『不二田』とほぼ同年代のものではないかと思われます。
他のほとんどの曲が笛で始まり笛で終わっていますが、この曲だけは、鉦で始まり鉦で
終わっていて笛と太鼓はお供として演奏されています。 |
・追 込
・不二田 |
『追込』という曲名は多くの祭囃子の中に見られますが、花輪の追込は、そのどれにも
似ていず、曲名だけを移入したものではないかと思われます。
追込・不二田、ともに幕末頃、地元で作曲されたと言われます。
追込はその当時作曲された中では子供っぽい可愛い部分が聞かれます。
不二田は長らく伝承されていませんでしたが、平成15年11月に、保存育成部を
はじめとする有志により復元されました。 |
・拳囃子
・吉原格子 |
二曲とも江戸の遊芸囃子の移入と見られ、吉原格子は『篭丸』をスローテンポに
したもので、浴衣などによくある『吉原格子』の図柄を表現したものであるとされています。
この吉原は江戸のものか東海道の吉原をさしているのかは定かではありません。 |
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