99/4/29

社会的存在

「人の社会的行動には社会的理由がある。」と私は思っています。

誰かの悪意に満ちた行為も、悪魔が突然やってきて行うものではなく、独りでは決して生きられない人間が社会的な経験の中から醸し出された理由によって行う、その人にとっては「やむおえない」行為なのだと思うのです。

悪魔がいるとすればそういった経験を与える社会の構造のことを言うのだと思います。

もちろん、個人は様々な経験の中から次の行動の理由を選択する、彼特有の選択の仕方を成長する過程のどこかで、獲得しているとも考えています。自身の生命に係わる選択の仕方は生まれる前から持ってるとも言えます。

しかし、それすらも社会は変更させることが出来る場合があるのは、自殺者がいることで証明できると思います。

よく人は(私も)人の性格や行為を責めたり嫌ったり、逆に自分の性格や行為を誇ったり、褒められれば嬉しがったりしますが、人の行為は社会的選択の結果なのだということを頭の片隅に置いておくと良いと思います。

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